SVX日記

2004|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2019|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2020|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2021|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2022|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2023|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2024|01|02|03|04|

2004-10-08(Fri) 神林長平「小指の先の天使」読了

  今日は工作の進捗はなし。よって、先日読み終えた本についてちょっと感想。

  画像の説明

  例の水戸黄門ハイキングの帰りに購入した、ハードカバーの本作だが、やっと読み終えた。もっぱら私の読書時間はたった5分の電車通勤時間に限られるため、読み終わるまでに非常に長期間かかるのである。最近、私は神林長平の本ばかり「読み返して」いた。神林の作品は非常に深い(と私は思う)ので、一度ならずニ度三度読まないと理解が進まない。実際には三度読んでもまだ読めそうな気がするほどだが、いい加減読み返すのもシツこくなってきたところに購入した本作、しかもハードカバーであるから、気合を入れてじっくりと読んでみた。

  本作は短編小説集であり、1つの書き下ろしを含む、6篇の作品が収められている。最初の作品「抱いて熱く」が1981年、その他3篇が1990年頃、残りの2編が2000年以降であるから、えらく時代がバラバラである。しかし、どこにも書いてない、もしくは私が気づかなかったのかもしれないが、本集はすべて同じテーマに沿って書かれているため、正確にいえば単なる短編小説集ではなく、神林お得意の連作短編集に近い。で、その同じテーマとは、下世話な言い方をすれば「マトリックスの世界」といえるだろうか。いわゆる、自分の生きているこの世界とは別の閉じられた世界、またはその逆にこの世界の上に開かれた世界が存在するということを前提にした物語である(これを神林はメタ世界と呼んでいる)。

  先も書いたように神林の作品では、かなり以前からメタ世界を度々扱っており、SF者にとってはその概念自体はさして珍しいものではないが「マトリックス」でそういう世界描写に初めて接し、もっと「先」を読みたいという読者にとっては文句なしに勧められる本ではないかと思う(マトリックスで息が上がっているヒトにはツラいと思うが)。

  「抱いて熱く」

最初の作品で、実に23年程も前の作品だ。SFとしてはライトで、後半に少しメタ世界が顔を覗かせる程度であるが、伏線はまさに冒頭1行目から始まっており、巧妙だ。ちなみに「マグナム壜」とはワインの大壜「キスリング」とは大型のリュックのことである。せつない語り口で、流れるようにラストに向かって行く。ピアノの独奏曲のようだ。うなる。

  「なんと清浄な街」

本作は最初から最後まで、メタ世界の存在を認識している登場人物たちの考察が続く。「死して咲く花、実のある夢」に近いスタイルで、まさに神林の本領発揮。私の場合、このタイプの神林の物語は、他のどんな作家の作品とも別格で、非常に奇妙な読み方を強いられてしまう。読み進めるうちに、自分自身でも考察を始めてしまい、登場人物たちの考察がウワの空になってしまうのだ。そうなると、少し戻って読み直さなくてはならず、ちっとも読み進められない。好きだが嫌いな、嫌いだが好きなタイプの作品。

  「小指の先の天使」&「猫の棲む処」

物語世界が同じなので、まとめてしまう。どちらの作品もメタ世界が過去の遺物となり、文明が土着民レベルに戻ってしまった世界の話。「魂の駆動体」の第2部に近いが、こっちのメタ世界は健在で、主人公はただひとりメタ世界を行き来できる老人である。「小指の先の天使」は神の存在の大胆な仮定「猫の棲む処」は猫の描写が面白いものの、残念ながらどちらも私には凡作に感じた。しかし、それも私が神林作品を読みすぎていて設定に驚きを感じないからかもしれない。なにしろ双方とも10年以上前の作品なのだ。

  「意識は蒸発する」

これは「ミクロの決死圏」テイストの話。当然ながら入り込む先はメタ世界である。まさにMMORPGを連想させる描写があちこちにあり、シンプルだが面白い。本作を読んだあと、自分の世界が閉じられたメタ世界であることを想像すると、日々のなにげない行動も面白くなる。

  「父の樹」

本作はSFマガジン発表時にリアルタイムで読んでいて、当時はさっぱり面白く感じなかったのだが、読み返すとなかなか面白いではないか。「ライトジーンの遺産」とクロスオーバする設定にもニヤリとできる。しかし、現在の世ほどモノ作りが楽しい時代はないと思える。私は個人的に工作が好きで、日々なにやら作業しているが、本作を読んで再認識した。ウチのオヤジもそのまたオヤジもなにやらゴソゴソを工作するのが好きな性格だったが、それは見事に私に受け継がれている。あまり作品とは関係ないが、本作を読みながらそういう性格で現在の世を過ごせることがとても幸せに思える。

  というわけで、なんだかんだいって神林の作品は間違いがない。最近は、他に興味をそそられる作家がなくて困っている。もうひとつ読んでないハードカバー「麦撃機の飛ぶ空」も買ってしまおうかな。

  なお、本来「メタ世界」のメタとは「高次の」という意味である。実際のところ「なんと清浄な街」以外はすべて「低次」の世界を扱っており、厳密にいうと「メタ世界」ではないかもしれないが、その辺はご愛嬌。