SVX日記

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2021-03-18(Thu) シン・センミナイ・エヴァンゲリオン≡ε:‖

  昨日の続き。気づくと、結構、ネット上にネタバレ感想が増えてきていて、なるほどと思わせる内容もある。

  昨日は『感想を述べるあなたにとって「エヴァってなに?」ということだ。何を期待しているのか、それを明らかにした上で感想を述べるべきじゃないか』と書いたが、思いっきり「エヴァも使徒も舞台装置」と、自分と正反対の表明をした上で、絶賛している感想を見た。一方で「第11使徒はどうなってんだ!?」ってのも。まぁ、それはそれでいいんじゃないですかね。

  一方で「監督はエヴァに飽きてた」という意見には納得。いやもうこれがホントなんじゃないかな。間違いなく興行収入は得られるんだから、既存のピースを並べ替えるだけで、みんなが納得しそうなハッピーエンドで納得してもらおうかなと。「Q」みたいに奇をてらうと叩かれるし、「破」の王道っぽい展開はウケたんだから、君たちこんなのが見たかったんじゃないの? と。

  しかし、それにしても「村のパート」なんて延々と見せられて、みんなよく怒り出さないよね。しかも、手元のキャラクタを適当につがいにしただけなのに、そこに意味があると思えるのにも感心する。ぬぼーっとしたエンディング曲も適当に取って付けただけだし。

  何度か丁寧な仕事をして信頼を得れば、一度くらい適当な仕事をしても、そこに意味を見出されてしまう、という状態なのではないか。つまり「監督はエヴァに飽きてた」んだな、と思える。

  そういえば、このSVX日記を始める前にもエヴァの感想を書いた気がするな、と思ってサーバを漁ると、なんと1999年1月20日に書いた感想が出てきた。旧劇の上映後の1年半後くらいか。

あるところに「スッゲェうまいラーメン屋」があったそうな。
<中略>
ところが、この店主がまた変わり者で、ある日突然このラーメン屋をたたんでしまった。
しかし、文句を言おうにも当の店主には二度とラーメンなど作る気などなく、
すでにぜんぜん別の事業に着手してしまっているのだ。
ラーメン作れと強要するわけにもいかない。あきらめるしかない。
ところが、映画で真実が明かされても、まだ文句を付けていた人がいた。
<中略>
しかし、文句を言おうにも当の監督にとっては完全に終わった話で、
すでにぜんぜん別の作品に着手してしまっているのだ。
作りなおせと強要するわけにもいかない。あきらめるしかない。
全部付き合ってしまった時点で、何をいっても監督の勝ち。

  まったくその通りですなw。


2021-03-17(Wed) シン・センミナイ・エヴァンゲリオン

  久々のエントリ。シン・エヴァンゲリオンについて。見返すと「序」は観てないけど「」も「Q」も劇場で観て、過去に感想を書いてるんだな。ちなみに、以下、明確なネタバレはしないつもりだが保証はしない。

  ネタバレを食らうのがイヤで、封切りから一週間後、月曜の21:50という上映回の4DX版を強襲してきた。しかし、一週間経っても、あまり顕著な情報が出ないので、モノスゴいデキということはないのだろうな、との予想はしていた。

  結論から言うと、予想通り。自分にはかなりイマイチだった。

  ここで、たぶん誰も書いていない見解をひとつ書こう。それは、劇中のアヤナミじゃないけれど「エヴァってなに?」っていうことだ。感想を述べるあなたにとって「エヴァってなに?」ということだ。何を期待しているのか、それを明らかにした上で感想を述べるべきじゃないか、ということだ。

  「めぞん一刻」という作品がある。あの作品は何かといえば、ギャグ漫画なのである。序盤は。登場するキャラクタは誰もそれなりに魅力的ではあるが、名前が数字であったり、思いつきのように後半に登場したり、それほど戦略性を持って配置されているわけではない。つまり、ギャグ漫画として、笑えるストーリを演出するための舞台装置に過ぎない。

  しかし、終局になって、五代くんと響子さんの間のアレコレが整理され始めると、自然に読者の興味は、ふたりが結ばれるか否か、に向くようになる。当時は読者と作者との間で情報の交流手段が少ない時代だが、それでも読者の期待が作者に伝わり、ギャグ漫画らしからぬ結末に至ったと想像する。つまり「めぞん一刻」はギャグ漫画からラブストーリに変化し、読者はラブストーリとしての結末に満足したのである。

  それではエヴァは何なのか。そりゃ間違いなくロボットアニメなのである。テレビシリーズは。確かに、登場するキャラクタは作り込んであるし、散りばめられた謎は興味を持続させるのに効果を発揮しているが、それはエヴァと使徒との戦いを演出するための舞台装置に過ぎないのである。主ではない。

  しかし、伝説の第弐拾伍話、最終話では、製作上の都合から、キャラクタの内面にフォーカスを移し、エヴァと使徒との決着を描くことから逃げた。そこから迷走が始まったのだ。つまり、エヴァは「単なるロボットアニメではない何か」を期待される存在に変化したのだ。

  じゃ、何に変化したのだろう。それが人によって違うのだから始末が悪い。しかし、どうやら一般的な期待は「キャラクタの内面の成長の結果」みたいに思える。ネット上には「それでよかった」みたいな感想が多い。えー、そうなの? それとも、それ以外を期待していた連中は、既に「Q」で見切りをつけてしまって、いなくなってしまったの?

  自分の期待は、あくまでロボットアニメとしてのエヴァなのである。だから、興奮の最高潮は、旧劇の弐号機による戦自の壊滅であり、エヴァ量産機の壊滅であり、エヴァ量産機の逆襲によりギタギタにされる弐号機なのである。いや、そもそも味方だったエヴァという概念が敵に回っただけで驚きなのに、度肝を抜く禍々しいデザイン、挙動……殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……スパアァアァッ! まったく見たことのない映像だ。思い返せば、旧劇の盛り上がりはそこまでなんだよな。そこからは、割と地味な展開。

  それが、感想を述べるあなたにとって「エヴァってなに?」という、自分の回答だ。で、その見地から、シン・エヴァンゲリオンを語るとどうなるかと言うと……全編、既視感しかない、ってことになる。

  序盤の8号機のバトルも、それほどの刺激はないし、それ以後もない。村のパートは退屈なだけだし、ヴンダーの艦隊戦なんて、誰が観たかったのか? その後のバトルも退屈なだけ。カッコ悪い弐号機と8号機による圧倒的な多数を振り回すだけの雑で緊張感のないバトルと、やはり緊張感のない初号機と13号機の楽屋落ち的なバトル。時間の無駄。

  その後は、ドブクサイテナガザルを食べたゲドウなゲンドウのユイユイ祭が始まるが、うん、知ってる。これも旧劇の時からなので驚きはない。ましてや、電車の中で語り合うのシーンなんて、胸焼けしかない。気づくと、赤い世界とつながりがないとしか思えない世界にワープしていて、適当につがいを組まされて大人になれてよかったね……って、これも、伝説の第弐拾伍話、最終話と何が違うんだ? 結局、みんなの期待は「伝説の第弐拾伍話、最終話」だったってこと? じゃ、何でその時には怒り出したんだよ……。そう考えると、既視感ばかりのこの作品、ネタバレなんてしようがないんじゃないか? いや、既視感ばかり、という記述がネタバレになるのか?

  というわけで、まとめると「ロボットアニメとしてのエヴァ」「まったく見たことのない映像」を期待した自分には、まったく退屈な内容でしかなく、全体としては好きな作品だっただけに、この結末にはガッカリです、が結論だ。改めて過去の自分の「」や「Q」の感想を見直しても一貫している。

  ちなみに、自分は「最終兵器彼女」という作品のラストに至って「ちせに装備された最終兵器について、なにひとつ明らかになっていない」と憤慨していた人を見たことがある。爆笑である。とはいえ、極端な例ではあるが、期待が違えば、評価も変わるっていう好例だと思う。

  別の例を挙げれば、推理小説と思って読み始めたら、最後、殺しの犯人はわからないまま、殺された両親の娘は結婚して幸せになったとさ、めでたし、みたいな。いやいやいや、ゴールはそこじゃねぇだろ、と。

  まぁ、初めてのルーブルは知らんが、最後のエヴァはなんてことはなかったわ。さようなら、すべてのエヴァンゲリオン。


2021-02-02(Tue) 手軽にコンテナ間で情報共有、時計製作進行中

  唐突だが、docker環境のコンテナ間で情報を共有したくなった。

  画像の説明

  と、これについては、後半で。

  調べると、いろいろとソレ用の方法がありそうなのだが、極力シンプルな方法がいい。各コンテナは連携する部分はあるものの、非常に疎だし、個々に独立して立ち上げたりもしたいのだ。

  動作イメージとしては、主に予定表をサービスするコンテナと、主な機能に加えて直近の予定を表示するコンテナという感じ。片方はファイルを更新するが、片方はファイルを参照するだけ、みたいな。

  そこで、PVの下のファイルをハードリンクで共有する方法を思いついた。もはや、dockerの機能ですらない。共有する対象はgdbmのデータベースファイルだ。

  まずは、ファイルを更新する側のコンテナを準備する。最近自作したsinatraの骨格コンテナを使うが、それには深い意味はない。

/root/docker # mkdir gdbm_writer
/root/docker # cd gdbm_writer
/root/docker/gdbm_writer # git clone https://gitlab.com/Furutanian/sinatra_skelton
/root/docker/gdbm_writer # ln -s sinatra_skelton/Dockerfile .
/root/docker/gdbm_writer # cp sinatra_skelton/docker-compose.yml .
/root/docker/gdbm_writer # vi docker-compose.yml 
/root/docker/gdbm_writer # diff sinatra_skelton/docker-compose.yml docker-compose.yml 
<             sinatra_skelton-alpha
>             sinatra_skelton-alpha-writer

  共有するファイルを配置するPVを準備。

/root/docker/gdbm_writer # mkdir pv; chown 1000:1000 pv

  ファイルを更新するテスト用スクリプトを書く。

/root/docker/gdbm_writer # vi sinatra_skelton/gdbm_writer.rb 
/root/docker/gdbm_writer # cat sinatra_skelton/gdbm_writer.rb 
#!/usr/bin/env ruby
 
require 'gdbm'
 
db = GDBM.new('data/time.gdbm')
loop {
	db['now'] = Time.now.to_s
	sleep 1
}
/root/docker/gdbm_writer # chmod 755 sinatra_skelton/gdbm_writer.rb

  ついでにファイルを参照するテスト用スクリプトも書く。

/root/docker/gdbm_writer # vi sinatra_skelton/gdbm_reader.rb
/root/docker/gdbm_writer # cat sinatra_skelton/gdbm_reader.rb
#!/usr/bin/env ruby
 
require 'gdbm'
 
db = GDBM.new('data/time.gdbm', 0666, GDBM::NOLOCK | GDBM::READER)
loop {
	p db['now']
	sleep 1
}
/root/docker/gdbm_writer # chmod 755 sinatra_skelton/gdbm_reader.rb

  ファイルを更新する側のコンテナを立ち上げる。

/root/docker/gdbm_writer # docker-compose build
/root/docker/gdbm_writer # docker-compose up -d

  次に、ファイルを参照する側のコンテナを準備する。基本、更新する側のコンテナの丸コピー。docker-compose.ymlでコンテナ名だけ変えておく。

/root/docker/gdbm_writer # cd ..
/root/docker # cp -a gdbm_writer gdbm_reader
/root/docker # cd gdbm_reader
/root/docker/gdbm_reader # vi docker-compose.yml 
/root/docker/gdbm_reader # diff sinatra_skelton/docker-compose.yml docker-compose.yml 
<             sinatra_skelton-alpha
>             sinatra_skelton-alpha-reader
<             - 8080:8080
>             - 8081:8080

  ファイルを参照する側のコンテナを立ち上げる。

/root/docker/gdbm_reader # docker-compose up -d
/root/docker/gdbm_reader # cd ..

  ファイルを更新する側のコンテナに入って、ファイルを更新するテスト用スクリプトを起動する。

/root/docker # docker exec -it sinatra_skelton-alpha-writer /bin/bash
[user@4dc50fc6e6a7 sinatra_skelton]$ ./gdbm_writer.rb 

  別端末から、ファイルを参照する側のコンテナに入って、ファイルを参照するテスト用スクリプトを起動する。

/root/docker # docker exec -it sinatra_skelton-alpha-reader /bin/bash
[user@c0a2ec346ec8 sinatra_skelton]$ ./gdbm_reader.rb 
Traceback (most recent call last):
	2: from gdbm_reader.rb:5:in `<main>'
	1: from gdbm_reader.rb:5:in `new'
gdbm_reader.rb:5:in `initialize': No such file or directory - data/time.gdbm (Errno::ENOENT)

  ……と、起動しない。ファイルを参照する側のPVには何もないから当たり前。

  一度コンテナを出て、ファイルを更新する側のPVの下のファイルをハードリンクで共有状態にしてやる。

/root/docker # ln gdbm_writer/pv/time.gdbm gdbm_reader/pv

  改めて、ファイルを参照する側のコンテナに入って、ファイルを参照するテスト用スクリプトを起動する。

/root/docker # docker exec -it sinatra_skelton-alpha-reader /bin/bash
[user@c0a2ec346ec8 sinatra_skelton]$ ./gdbm_reader.rb 
"2021-02-02 20:29:28 +0900"
"2021-02-02 20:29:28 +0900"
"2021-02-02 20:29:28 +0900"
 :

  読めた。当たり前ではあるが。

  ここでのミソは、ファイルを参照する側では「GDBM::NOLOCK | GDBM::READER」を指定することだ。

  それと面白いのは、ファイルを更新する側では、データベースファイルを開きっぱなしにして、その内容を毎秒のように更新しているのだが、ファイルを参照する側では、参照開始時点の内容に固定され(ているように見え)ること。相手がデータベースだと考えれば、好ましい挙動かもしれない。

  ちなみに、ファイルを参照する側で、更新をしようとすると、ロックに失敗する。当たり前だが、コンテナ間でも排他が効くのだ。

[user@c0a2ec346ec8 sinatra_skelton]$ ./gdbm_writer.rb
Traceback (most recent call last):
	2: from gdbm_writer.rb:5:in `<main>'
	1: from gdbm_writer.rb:5:in `new'
gdbm_writer.rb:5:in `initialize': Resource temporarily unavailable - data/time.gdbm (Errno::EAGAIN)

  実際は、更新側も参照側も、ここまでデータベースファイルを開きっぱなしにすることはなく、こまめにクローズするだろうから、実用上は問題ないだろう。

  今回は、gdbmのデータベースファイルを共有したが、別に通常のファイルであっても、片方はファイルを更新するが、片方はファイルを参照するだけ、という運用なら、ほとんど問題は起きないのではないかと思う。

  ただし、アトミック性を期待して、更新側でテンポラリファイルに生成してからリネーム、などということをすると、ハードリンクが途切れてしまうのでダメだ。信頼性が必要な場合は、やはりgdbmだな。

  それと、家の電波掛時計の調子が悪かったり、テレワークのために始業終業のチャイムが鳴ってほしかったり、筋トレのインターバルのためにサッと秒数を読み取りたかったり、ずーっと購入したまま放置してあった16セグのLEDを活用したかったり、久々にハンダゴテを握りたかったり、ということで、デジタル置時計を作ることにした。

  先々週の金曜(1/22)に具体的な構想を始めてから、PICによる制御ソフトとハンダ付けを同時進行で進めているのだが、オレ史上で最大のハンダ付け点数である。ヤケクソ面倒くさい。普通はこのレベルならプリント基板を発注するわなぁ……。

  とりあえず、手持ちのFETが足りないので、2ケタをダイナミック点灯させるトコまでは成功しているが、死ぬほどハンダ付けして、まだ4ケタ。完成は8ケタの予定なんですが……気が遠くなるわ。

  早く製作しないと、せっかく買った16セグのLEDの部品が遺品になってしまう、と思ったのだが、いつ購入したものなのやら記録がない。と、このブログを検索すると、なんか違う16セグも購入してるやんけ……確かに部品棚に残ってるわ……。

  このままだと、自分の戒名は「秋月院部品遺平光居士」とかになってしまう。気張って製作を進めなければならんな……。


2021-01-18(Mon) 続・GoThrough和歌山



2021-01-03(Sun) GoTo禁止の環境で、ゲーム「スタートレック」をレストア中

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2020-12-29(Tue) 2020年の年の瀬

  気がつけば、昨年に引き続き、今年も工作やプログラミングは控えめに、ロジカルよりフィジカルな方面に舵を切った一年だった気がする。

  今年は年頭から、新型コロナの影響で、いろいろと行動に制限が生じたものの、自宅でのテレワークがメインとなり、逆に運動に目覚めたのが大きな成果だったかな。体重はスルスルと落ち、腹回りのダラしなさはなくなり、腹筋が浮き出てきつつある。いわゆる「細マッチョ」にカテゴライズされるレベルだろう。鏡で見ても十分にカッコよく、とても気分がいい。

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  とりあえず、歌に運動にと忙しい毎日だが、来年も何か新しいことを始めることになったりするのだろうかなぁ。


2020-11-21(Sat) いろいろと、咲いた

  相変わらずヴォーカルの練習を続けている。自分の歌を録音し、聴き返すことで、反省をしては、ちょっとずつ改善を試みる毎日なのだが、不思議なことに、周期的に「なかなかイイ感じやん!」と「なんやコレ、もうヤメたいわ……」という時期が繰り返される。

  歌唱力を向上するには、先行して耳を成長させ、現状の歌唱に不満を発見することが必要、といわれる。確かに、自分の歌を聴いて「完璧」と思ってしまったら、修正する点はなくなってしまうわけだから、それ以上の向上はなくなるだろうから、理には叶っている。

  んが、上記の繰り返しが起きるのは、それだけが原因なのだろうかなぁ……まぁ、仕事ではないんで、ヤメたくなればヤメられるわけだが……歳を取ったからか、焦らずに続けられてはいる。

  そんな状態で、モチベーションを保つために重要な要素のひとつが「進歩」が継続していることだ。歌唱力の向上度合いが数値で計測できれば「進歩」を実感できる。それを手っ取り早く数値化してくれるのが「カラオケの機械採点」である。

  人によっては「カラオケの得点」を最終目的にするらしいが、自分はそれを目的にはしていない。とはいっても、歌唱力の指標として十分に意味を持っている数値であるとは思っている。

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  で、久々になんとなく新しい曲「地上の星」を歌ってみたら、何と2回目でこの点数だ。何度も練習すれば90点を越えることはあり、特定の曲では95点を越えているが、2回目でこの点数というのは、歌唱力の底上げができている、ということなのかなぁと……思いたい。というのも、今ちょうど「なんやコレ、もうヤメたいわ……」という時期なんだよなぁ……。

  一方で、もうひとつ取り組んでいるのが筋トレ。今年の2月、カミさんが任天堂SWITCHの「リングフィットアドベンチャー」を買ったので、何となく始め、晴れのち曇りで続けているうち、7月くらいから真剣に取り組むようになり、8月の中旬くらいからは、逆にリングフィットから離れ、筋トレとジョギングまで始めてしまった。

  コロナで仕事がほぼ100%テレワークになると、往復1時間ずつの通勤に、かなりの体力を使っていたことに気付かされた。そして、それがなくなると、こうも体を動かしたい気持ちになってしまうとは。自分は、あまり運動とか体を動かすことが好きな方ではないと思っていたのだが、こんな性格が眠っていたのだなぁ。

  そして、プロテインはたまに飲むくらいだが、高蛋白低脂質の食事を心がけ、そこそこの強度で毎日筋トレとジョギングをするようにしたら、まぁ、変わるもんだ。しっかり食べてもスルスルと痩せていく。

  9月中頃から、試しに増量してみようと、食事の量を増やしたが、ちょっと気を抜くと痩せてしまう始末。3kg増量した辺りで、11月頭から、減量するつもりで、少し食事の量を減らしたら、増量の半分の期間で元に戻せてしまった。いまや、うっすらと腹筋が割れて見えるくらいになっている。

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  いやホント、巷のダイエット記事とか、ダイエットアイテムなんて、そのほとんどがアホな情弱をだます罠ですわ。ダイエットに王道なし。食べすぎず、ちゃんと食べて、しっかり体を動かすだけでいいのよ。

  ただし、運動もいいことばかりではない。腕を鍛える都合で、いつも肩の調子がよくないし、ふくらはぎは肉離れを起こしたし、ちょっと不整脈がひどくなった気がする。

  しかし、良くなっていく姿勢、締まっていく腹、朝晩2回の体脂肪の変化を見るのは、大きな楽しみである。ちょうど数日前に、人間ドックを受診したところ。さて、こっちはどんな採点結果になるのやら。


2020-10-03(Sat) 秋月の彼岸花、終了

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2020-09-30(Wed) 秋月の彼岸花、赤も咲いた

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