SVX日記
2026-08-03(Mon) ブログ主は障害を発生中です
最近、いくつかのサイトを訪れた際に「障害を発生しています」的な画面が一瞬表示される経験をした。しっかりと眼には映る時間があるために、毎度ドキッとさせられるのだが……まぁ、考えてみればその実装の理由は簡単だ。実際に障害が起きた時に、障害画面への移行を「実行させる」よりも、画面の移行が「実行されない」ことの方が確実であるからだ。考え方は賢いとは思うものの、それはブラウザ側に吸収させることも容易であろうから、一瞬とはいえ表示されるのはダサい実装だとも思うが。
という実装をネタにするわけではないが、当ブログ主は、本日、先の脳梗塞の恒久対処のためにちょっとした大手術(?)をすることになっている。全身麻酔を伴うし、手術を行う場所も直接的に命に関わる場所なので、何かが起こった場合は「さようなら」ということがありうる。先に書いた通り、それはそれで「楽しかったよ」と言い残して美しく去る覚悟はあるのだが。
2026-08-04(Tue) ブログ主は正常に稼働中です
全身麻酔を受け、気がついたら、体は再びいつものように当たり前に動いた。話すことができなくなったり、歌うことができなくなったりすることが、一番怖かったので、意識が戻るが早いが、舌を上下左右に動かし、喉仏を限界まで上下させたり、頬の筋肉を一杯に縮めて口角を上げたりした。軽く喉奥でのシャウトもw。手術の直後にそんなことしてよかったものかしらんけど。とりあえずヘンな感覚はないのでまずは安心した。
ところが後に聞くとことによると、全身麻酔の後、手術が始まるや否や、再びいきなり脳梗塞の兆候が発生し、首を切る前にMRIに駆け込む事態が発生していたらしい。おいおい、どんだけ不運なんだよ。聞かされたカミさんは涙目だったらしい。無理もないけど、とりあえず悲しませてスマン。
前回1%を引き当てた上に、今回またって……0.1%? 0.01%? もうちょっとでライザンバーレベルじゃねぇか。もう、オレの幸運点は「LCK:-128」状態じゃねぇのか。退院した途端に事故で死ぬんじゃねぇの?
2026-08-06(Thu) ブログ主は戦場へ行った
そこでゼビウスをプレイしてみることにした。このために今回はゲームコントローラを持ち込んでいるのである。いざ、戦い慣れた戦場へッ! ……うーん、12エリアで終了。スペシャルフラッグを3つも回収できたというのに。ちょっとタコミスが多かったなぁ。16エリアを抜けたこともあるんだが。ジョイスティックだったらもう少し避けられただろう。まぁ、平常運転の範疇だな。レゲー能力についての低下を示す所見はなし……
今回の手術では首をイジるので、確率は低いものの、顔や喉や口や舌の動きに影響が出る危険性があった。なので、手術が終わったことを認識した途端に発声器官のヘルスチェックを行ったのであった。
現状はなんの症状はないとはいえ、間違いなく瀕死だったことを考えれば、発声くらいなんだ、と思うこともできようが、流暢に発声ができなくなったら、歌うことはもちろん、話すことにも支障を生じる。きっと、友人と会ったりもしなくなるだろう。冗談を言ったって、フガフガやレロレロでは笑えない。痛々しく思われるくらいなら、いっそ会わないことを選ぶ。
ウチは無口な亭主関白ではなく、カミさんとは毎日のように山ほど会話する。そのほとんどが冗談まじり。基本的に24時間365日フザけ続けている人間なのだ。流暢に発声ができなくなったら、結局はカミさんとの関係も継続できなくなるだろう。そうなればその後の人生の何割を失うことになるのだろう。
ふと、仮に今回の処置が遅れ「右脳が全滅状態」に陥ったら、死んでしまうのか、それとも、意識は残るのか、と疑問に感じたのでAIに訊いてみた。すると、意識の維持は主に脳幹の機能によるものなので、大抵の場合は意識が残るとのことだった。そうなったらほとんどジョニーじゃねぇか。完全にホラーだ。冗談じゃねぇ……。
ブログ主は今日が55歳の誕生日。ちょうど55年生きてきたが、振り返ればこの55年、好きなことしかしてこなかった人生だった。余暇は当然のように好きなことを詰め込みまくってきたし、仕事も概ね好きなことをしてきた。いまはことさら好きなことだけしていればいい立場になっている。カミさんともこうなりたいという理想的な関係を築けたし、長らくそれを続けられている。暗くて猫背で腹が出てて撫で肩で体力も自信もない……55年もかかったがすべて克服できた。前回の入院で、看護師さんらに「さっきヒトリ颯爽と歩いてたのを見ましたよ」などと笑われたのは、卒業を祝福する言葉のように聴こえた。遂に自分のなりたかった自分になったんだなと。もうこれ、一般的な人生に比べれば、もう十分すぎるほどに、人生の元を取ったと思えるんだわ。ここで終わったとしても悔いはないんだわ。
んが、神はサイコロを振るのだ。二度に渡る脳梗塞は切り抜けたが、それが最後の1回とは限らない。頚動脈が原因ではない可能性も完全には否定はできない。予期もせぬ原因によってサードインパクトが引き起こされるかもしれない。別にそれが起こることはしゃーないこととして受け入れるけれど、ジョニーになることだけは勘弁してほしいのだよ。次に起きたら笑いながら満ち足りて死ぬからさ。その時はマジでそっちで頼みたいんだよ。
あー、でも、ドルアーガは1コインクリアしときたいかなぁ……。
2026-08-07(Fri) まいぶりゅーいんぐせっといんざほすぴたる
だがその現象に気がついたのはここ数年のことだ。どうも体調が優れない。薄い頭痛が続く。それがまさかカフェインの離脱症状だとは。カフェインを摂取したことによる効能は未だわからない。ずっと飲み続けていて、それが平常運転なので。でも、飲まないことによるマイナスが明らかなのだから、飲むことが相対的にプラスであることには違いない。
最初の入院では、脳梗塞の急性期を脱してからしばらく、ダラダラと続く頭痛に悩まされた。んが、なんのことはない、それもカフェインの離脱症状だったのだ。だってコーヒー飲んだら即座に治ったのだから。そして気づくのだ。ここまでくると「珈琲中毒」というか「薬物依存」なんじゃないかと。
定義がどうであろうがカフェインの場合には法律に触れないので安心。最初の入院では、コーヒーを飲んでよいという許可が出てからというもの、毎朝1Fのセブンイレブンで買っては、カフェインをキメるのが日課であった。ただし、それがウマいかというと、ぜんぜんそんなことはないのだけれど……でも、それで離脱症状は抑えられるし、頭も体も快調になるんだからまずはヨシだ。
ところが、再入院では首を切ったので、しばらくは「起きてはダメ」だったし、その後は「部屋から出てはダメ」が、そして今も「別の階に行ってはダメ」が続いている。手術直前の早朝までコーヒーやコーラは許可されていたのでギリギリでチャージはしておいたものの、数日間も持つはずがない。1Fに行けなければコーヒーが買えない。
面会の時にカミさんに買ってきてもらったり、飲めたもんじゃないペットボトルのコーヒーでゴマかしたりもしていたが、そのうち名案を思いついた。「部屋から出てはダメ」が解除され、食堂に行ける今なら熱湯が手に入るのだから、カミさんに普段のセットを持ってきてもらえばよいのだ。最近、電動ミルをやめ、手挽きのミルにしたのも都合がよい。
つうわけで淹れてみた……うん、まぁ、コレよ。最近は舌が肥えたのか、以前ほどの「くぅ〜」という満足感はないが、セブンイレブンのよりは何倍もマシである。金もかからないしな。そこまでして手を出してしまう……「薬物依存」てホント怖いですねぇ。
関係ないが、以前から不思議に思っているのがコーヒーメーカというものの存在だ。あれは基本的に「お湯を沸かして注ぐ」だけの自動化しかしていないのに、エラく高価でカサバる。つうか、そこがもっとも味に影響する部分なのに、調整の幅がほどんどないのも意味不明だ。500円のドリッパと2000円のヤカンを買ったほうが、コーヒーライフは圧倒的に豊かになると思うのだが。
2026-08-10(Mon) 減りすぎちゃって困るのぉ〜
入院中には一日に何度も体温や血圧、血中酸素飽和度の測定があるのだが、週に一度は体重の測定もある。今日がその日だったらしく、依頼され自分で測定に行って体重を報告したのだが……しばらくして「もう一度、測定に行きましょう」と看護師さんに迎えにこられてしまった。
なんでも心配になるほどに体重が減っているということで、測定ミスを疑われているらしい……うーん、そうとまでいわれてしまったら説明をするほかあるまい。実は、自分には筋トレとかジョギングとか割と激しめの運動習慣があるので、基礎代謝がかなり高めで、普段から山ほど食べてようやく釣り合っているんです、と。なので、現在の病院メニューだとカロリー的に体重がそれくらい減っていくのは、想定される範囲内なんです、と。
そうなのだ、満足できるカフェイン環境は構築できたものの、圧倒的にカロリーが足りていない問題は残っているのだ。一日で0.5kgとか減ってしまう。食事の内容にはとっても満足なのだけれども。
割り当てられた病院食はご飯200gと一般的には大盛りの範疇だが、普段よりは少ない。しかし、食べたあとに不満かというとそうでもない。あぁ、これが腹八部ね、と思わなくもない。しかし実際に体重は心配されるほどに減っていくのである。腹八部なんかじゃ、まるで維持できないのだ。
太らないように食べる量を調整して多少の空腹に耐える、という体重管理をしている諸兄も少なくないと思うが、それに比べてなんという贅沢であろうか。だって、間食あり、かつ、ちょっと食べすぎて満腹感タップリくらいがちょうどイイんですぜ?
とはいえ、そういう体になるためには、それなりの筋肉量、運動量、脂質の排除が必要になるのだけどね。でも、そういう体になってみるとわかるんですわ。世にアマタ現れては消えるダイエット法の愚かさが。ほぼ正解な方法はここにあるし、それは秘密でもなんでもなく、旧くから言われ続けてる方法なんだけどね。
そういう体に満足しているので、仕方ないとはいえ、病院の体重計に載る度に、順調に体重が減っていくのは決して良い気分ではない。前回の測定によれば、丸々1kgの筋肉が減っていたのだから。
そこで少しでもジタバタしようかと、コーラでカロリー補給をすることを思いついた。糖尿病患者真っ青なメソッドではあるが、インスリンヒエラルキ的に自分の体組成なら問題ないであろう。ところが「別の階に行ってはダメ」という制限下では同フロアの自動販売機しか選択肢がないのだ。仕方なく見たこともないコーラ製品をポチったのだが……170円もするのに400mlしか入ってねぇ。それよりなにより「18kcal/100ml」てなんやねん! こちとらカロリーを摂りたくて買ったのに、ローカロリーなクソ甘味料を使ってやがる。これじゃ400ml全部を飲んでも、通常の160ml分くらいしか摂れねぇじゃねぇか、丸損や……。
2026-08-13(Thu) 楽しかった、入院生活ぅ〜
体重は前回以上にドカンと2〜3kg減ったが、まぁそれについては、もう少し回復傾向になってから考察をまとめたいと思う。
結構な出来事のひとつに、首の傷痕がある。右の頸動脈に対して「ねじ式」みたいなシリツ(動脈血栓内膜摘出術(内頸動脈))をしたので、それなりに目立つ傷が生じている……んだけど、実を言うとそれが全然イヤじゃないんだよね。というのも、自分はごく子供の頃から松本零士作品に触れていたせいもあって「傷痕は目立つほどカッコいい」という価値観がテッテ的に刷り込まれているからだw。
まぁ実際には「盛大にぬい目の残るやり方で」とは言わなかったけど、気持ちはそんなだった。だから傷痕をまったくネガティブに感じていない。とはいえ、現状はまだ盛り上がりも大きいし、カサブタが汚いし、周囲にも痣が多いので、驚かれないようにちょっとスカーフで隠してはいるけれど。最終的にどんな傷痕になるのか楽しみにしてるくらいだ。
一方で、いろいろと書いてきたように、かなり快適な入院生活ではあった。看護師さんは全員がよくしてくれて、何ひとつの不満もなかった……んが、今回の状況では、それは普通のことなのであろうが「基本的チン権」が遵守されないのには参った。「脱がされない」「見られない」「触られない」のいずれの権利も、容易に踏みにじられるw。
全身麻酔を伴う手術では、アレコレが垂れ流しにならないよう、オムツを履かされるのだが、小の方の出口には管を挿入される。挿入されるのは全身麻酔の後であるから意識がないとはいえ、意識がなくなった途端にパンツまで脱がされて、その処置を施されたのだと思うとどうにも恥ずかしい。
そして手術の翌日にはまだベッドから下りられないので、体を拭かれるのだが、これは完全にフルオープンにされて念入りに拭き上げられる。あまりに突然の状況に理解が追いつかないまま終了してしまったが、恥ずかしいというよりは、なんだか申し訳なかった。えーん。
脳血流SPECT検査も二度受けたが、この検査には足の付け根からの動脈採血が必要で、やっぱりオープンにされてソレのすぐ脇から針をブッ刺される。相手が動脈だけに、採血後は強く圧迫して止血されるのだが、出しっぱなしのソレのすぐ脇を5分間前後も指で強く押され続ける。ぐすん。
最後は挿入された管を抜かれる時。2回抜かれたが、なんともいえないアイダダダダダッ……が伴う。2回目は終わりましたよ、といわれてしばらく放心していたら、ソレは出しっぱなしのまま、さっさといなくなってるし……終わったら被せといてよぉ。ふぇーん。
そう思うほどに気になったのが同室の患者たち。たぶん年齢は自分より上で、症状も重い。3人のうち2人は自力で歩けないので、大きい方もその場で致すのだが、2人が同時にアクティヴになったところで「お食事でーす」って昼飯が運ばれてきたときにはホントに参った。
で、それほどにお世話になっておきながら、彼らは話しかけられても反応が薄いし、感謝の言葉もない。後遺症が原因でそうなっている感じでもないし、フテ腐れているのだろうか。残りの1人も、1時間以上も頭の悪い内容の電話を続けたり、消灯後にテレビを点けたまま寝たりと、神経がなさすぎる。夜通し鼻が壊れるかと思うほどのイビキを聞かされるのは仕方がないとしてもだ。
とはいえ、そんな大部屋がトータルでイヤだったかというと、そうでもない。なにしろ、会話内容が筒抜けなので、それはある種のエンターテインメントでもあったのだ。聞くほどに、高血圧だの高血糖だの煙草はやめられないだの、そらそうなるのも不思議はないだろう、という自責な方々の勢ぞろいで、その会話から得られる情報は非常に多かったからだ。
先にも書いたが、自分の場合は今回の発症に対する自責はゼロだと思っているので、ある意味、起きることのすべてを気楽に楽しめてしまえたのかもしれない。んが、その一方で、少なくない自責を感じている当人だとしたら、ベッドの上で大きい方を致して、若い看護士に拭いてもらうなど、とんでもない後悔の念に襲われているのかもしれない。そんなことも考えさせられた。
というわけで、自分にとっては、総じて今回の入院は実に楽しい経験であった。いろいろと自分について気づいたことも多い。仕事をしなくても、趣味プログラミングで十分に楽しく過ごせて、ベッドの周囲と病院内だけでも、筋トレや散歩、階段登りをしたりで、意外と苦ではなかったり。ビールは呑まずとも気にならなかったけど、コーヒーは絶対に必要だったり。カミさんも……ある意味でも絶対に必要だったりw。これまで精一杯に生きてこれたから、これからはいつ死んでも後悔はないと確信できたのもよかった。






